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vol.1 家族で移住・空き家リノベーション

vol.1

さあ、ここでどんな暮らしをしていこうか

家族で移住・空き家リノベーション

家族5人で奈良田へ移り住んだのは、2017年春のこと。

夫婦はそれぞれ東京、神奈川の出身です。

 

ここへ移住する前、僕たちは愛媛の片田舎で8年暮らしていました。終盤の数年間は、地域の環境問題・エネルギー問題と向き合うことに。その中でもう一度、自分たちの「暮らし」を見つめ直し、「子育て」から考え直したいと思うようになりました。

 

この地に再移住を決めた僕たちの「暮らし」を、リアルタイムで綴ります。

 

文とイラスト:上原佑貴

 
 

家族で早川にやってきた

 

かつて〝早川入り〟と呼ばれたこの山間地域は、僕にとってまったくの見知らぬ土地ではありませんでした。町民全員の生活や生き様に焦点を当てた『2000人のホームページ』の取材やイベントの手伝いで、学生の頃に何度も訪れたことがあります。東京の住宅地出身の僕が、初めて集落やその成り立ちというものを目の当たりにした場所。十数年ぶり、こう言っては図々しいかもしれませんが、なんとなく「帰ってきた」という思いでした。

 

 

早川町に暮らすことを決めたものの、家を探さなければなりません。空き家情報は、僕がいま勤めているNPO・日本上流文化圏研究所の協力を得ました。「こういう田舎の地域づくりには、〝空き家バンク〟のようなものが必須だ!」などと、学生時にはこんな青臭い提案を得意げにしていたものですが、その取り組みが研究所に根付いていたことに、感慨深いものがありました。
いくつか紹介してもらう中で、ピンと来た物件がありました。

 

 

 

ピンと来たのは、愛されている家

 

それがいま家族で過ごしている奈良田集落の住宅で、築60年近く、空き家になって40年以上が過ぎているにもかかわらず、何と言うか、愛がある。

 

 

こまめに手入れがなされ、家主がたびたび管理に戻ってきている様子が見て取れます。家探しに一人付き合わせていた息子も「この家がいい!」とすぐさま言い出しました。

 

 

「家」への想いを受け継ぐ

 

奈良田集落は南アルプス公園線(県道37号線)をたどる早川町内の最奥の集落。この長い距離を、何十年もの期間を通い続けた家主さんのこの「家」への想い、暮らし続ける集落の人たちへの気持ちは、測り知れません。でも僕たちは、そういったものを全て受け継ぐつもりで、この場所を拠点に暮らしていくことを決めました。

 

 

 

僕たちのリノベーション

 

さあ、ここでどんな暮らしをしていこう。それを考えることは、とても大事なこと。僕たち夫婦は、愛媛からの再移住を考え始めた経緯もあって、自分たちの暮らしにも公共性を意識して、織り込ませたような暮らしをしたいと思っていました。〝私設の公民館〟とでも言うような場所にしたい。

 

 

よく管理がなされていましたが、やはり何十年も棲んでいなかった物件です。残念ながら中の間が根太から傷んでいました。

古い風呂釜の影響で、浴室も床下から直す必要がありそう。

特に裏手に湿気がたまりやすい状況で、1階部の畳はほとんどダメ、部分的に床板もひどく劣化している室があります。

そうだ、子どもたちがドタドタしやすいよう、思い切って1階は全部フローリングにしてしまおう。友達も入り乱れてそんな風になったら、どんなに愉快だろう。

 

アイデアはばっちり当たり、全国日本民謡講習会へ向けた「奈良田追分」(やまだらけNo.82を参照)の、夜な夜な練習会場としても機能しました。しばらく暗いままだった住宅から漏れ出た灯りには、三味線の音や、地元の人が分かり切ったステップが混じり、予想以上の愉快さです。

 

 

 

つくりながら、暮らす

 

やれる補修は自分でやります。母屋と一体化している裏の物置屋根は、腐ったトタンを透明ポリカに張り替え、奥の間にも光が入るようになりました。

 

倉庫屋上は勾配を補修して雨水排水を改善、ここへの登る階段の鉄柱基部はコンクリで補強、屋根や雨樋、煙突の部分的な補修、使えなくなった畳の藁は畑にすき込み、廃材は小切って薪に・・・。
それまでの経験だけでなく、知らないことはインターネットで調べたりしながら、梅雨に入るまでは、出勤のない週末や祝祭日は、ほとんど家の手入れでした。

もちろんプロに任せた部分が多くあります。ガス、水道、電気といったインフラは当然のこと、浴室を含め、1階部の床補修は望月工務店(やまだらけNo.47参照)にお願いしました。仕上がりが良いように、結局床下から手を入れることになりました。

 

 

工事中は、ちゃぶ台とともに生活を移動

 

フローリング化は順番に、一部屋ごとに取り掛かっていきます。僕たち家族はと言えば、ときには廊下で、2階の寝室で、縁側や畳をはぎ取った古い床板の上、あるいは仕上がった部屋に、まだ開封していない引っ越し荷物も含め、ちゃぶ台や最低限の暮らしの道具とともに、工事に合わせて生活を移動させていきます。

 

 

調理はすべてカセットコンロ。これがなかなか面白く、自分たちの暮らしの場を隅々まで良く知る、よい機会となりました。また、平成29年度に創設された『早川町移住者住宅改修費補助金』制度は、思い切った改修を決意する大きな助けとなりました。

 

子どもたちが健やかに育つため、僕たちができること

 

工事が完了したのは6月の半ば頃。当初ほどのペースではありませんが、現在も自分でできる手入れは続けています。

奈良田集落での暮らしで助かっているのは、水が豊富なこと。地区で管理している水道は、小さな集落には十分な水源があり、夏の畑の水やりにも困りません。前に居住していた地域では農業に携わっていたのですが、水不足に悩ましい地方であったこともあり、ありがたみに特に感じ入っています。

 

 

3人の子どもたち、それぞれの誕生日会も、この家で催すことができました。学校の友達やその家族、集落でお世話になっている皆さん、そして仲の良い隣人が駆けつけてくれて、それにことのほかホッとしています。

 

 

階段を上下に行ったりきたり、玄関を出たり入ったり、席の周りを自由に駆け回る様子には、してやったりという思いです。

 

 

最年少の娘は未就学ですが、町外はもちろんのこと、町内の保育所にも通うには遠いので、連れ合いは、日中はこの子とずっと一緒に過ごしています。辺りを歩き回り、しばらく小さい子がいなかったこの集落の、ほほ笑ましい景色となっているのではないでしょうか。

 

そのおかげで胡桃や栃の実拾い、地蜂蜜やメープルシロップ採集の手入れ、家庭菜園や農産物加工、周囲の森林や山のことを学び、地元で熱心に取り組んできた伝統民謡や踊りの保存・継承活動にも加えてもらうことができました。普段、集落で過ごす時間の短い僕の存在感が心もとないほどです。

 

 

「奈良田ハウスにしてよかったでしょう? オレが選んだんだよ!」
家探しに連れてきていた息子が、調子に乗ってこんなことを言っています。でもその通りかも。この子たち抜きには決められなかったような気もします。子どもたちがここで健やかに育っていく、その大きな責任を、僕たちは負っている。それには決してへこたれないよ。そのためにも、これまでのようにお世話になるばかりでなく、集落の担い手として、これからは貢献していきます。

 

復活したこの「家」を拠点に、さあ、張り切っていこう!

 


文・イラスト(線画):上原 佑貴
写真・イラスト(色付け):アンティラ美織
構成:ことり舎

この記事は、上流文化圏研究所の情報誌
「やまだらけ」の記事を再構成したものです。

「やまだらけ」84号

「やまだらけ」2018年3月発行

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